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LINEノベル presents「あたらしい出版のカタチ」の活動の一環として、2019年4月24日に六本木の文喫にて、
イベントを開催しました。

この日のテーマは「ミリオンセラーの作り方」。ノベルLINE統括編集長の三木一馬さん、新潮文庫nex編集長の高橋裕介さん、そしてLINEノベル事業プロデューサーの森啓が登壇しました。

本記事はそちらのイベントの事後レポートとなっています。

次に、新潮文庫nex編集長の高橋さんよりミリオンセラーになった知念実希人さんの天久鷹央の推理カルテと宮部みゆきさんのソロモンの偽証』の2作品を例としてあげながら、「これまでどのようにミリオンセラーを生み出してきたか?」をご説明いただきました。

高橋さんが新潮文庫nexを立ち上げた理由

高橋:はじめに僕が新潮文庫nexを作った理由をお話しします。

まず1つ目の理由です。レーベルを立ち上げる当時、新潮文庫のメイン読者は50-60代になっていました。新潮文庫の売り場は、訪れる読者の年齢が高くなってきていて、若い人にもっと来て欲しいという思いがありました。

2つ目の理由は、漫画やライトノベルが盛り上がってるのを横目に見て、悔しかったんです。例えば漫画では、文学でも表現し切れないぐらい文学的で面白い作品として『3月のライオン』があったり、小説が強いのジャンルであるミステリーやSFなどを題材にした『僕だけがいない街』があったり、盛り上がっていました。またライトノベルでは、三木さんが先ほどおっしゃったように(※)、どんどん魅力的なキャラクターが出てきていました。
※本イベントの記事をご参照 イベントレポ vol.1 vol.2

その中で「今、小説を読む理由ってなんだろう?」と思ったのがきっかけで新潮文庫nexを作りました。

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当日のスライド

高橋:今回、僕の方からは知念実希人さん『天久鷹央の推理カルテ』と宮部みゆきさんの『ソロモンの偽証』の話をしたいと思います。『天久鷹央の推理カルテ』は9冊で110万部、『ソロモンの偽証』は、6冊で300万部を超えています。


若い読者に届けたい。天久鷹央シリーズが出来上がるまで

高橋:『天久鷹央の推理カルテ』は新潮文庫nexの2ヶ月目のラインナップでした。このシリーズを始めるにあたって1つ考えたのは「どんな見せ方で物語を届けるか?」です。先ほどお話したように、僕としては小説が負けてないことを証明したかったんですね。

この『天久鷹央の推理カルテ』は、『シャーロック・ホームズ』なんです。名探偵と助手がいて、助手の視点で物語が紡がれていく。『シャーロック・ホームズ』は古い作品ですが、今読んでもやっぱり面白い。そうした普遍性が宿った小説を世の中に出していきたかったんです。『シャーロック・ホームズ』をやるだけではなく、知念作品の「らしさ」を物語として届けたいと考えました。

本作は主人公が医者で、医療の理屈が通った形で事件が解けます。こうした作品が生まれるのには理由があって、実は知念さんは現役の医師でもあるんです。

また、名探偵である鷹央はツンデレで、小鳥遊という男性の主人公に対してはすごく冷たくて、たまにちょっとだけ優しくするようなキャラクターなんです。鷹央がツンツンしてるのを読んでると可愛くて魅力的なんですけど、実はとある先天的な要因があって、彼女はそれに悩んでるところがあるんですね。ただ可愛いじゃなくて、可愛いの先が描かれていると思ったんです。

「20-30代の若い読者に届いて欲しい。」僕のそういう想いを体現してくれたのが、知念さんが書いてくださった天久鷹央シリーズになります。 ameku

狙った読者に届けるためのカバー戦略

高橋:『天久鷹央の推理カルテ』は知念さんにとって初めての文庫でした。知念さんは今、本屋大賞に2年連続でノミネートされている大人気作家ですが、文庫が出始めたのはこの後になります。

『天久鷹央』は、ありがたいことに最初の1ヶ月で重版して読者が増えていきました。でもシリーズ作品ということで、どうしても前巻よりは読者が増えにくい状況が生じてきて。そうした中で、天久鷹央シリーズについての印象を調べてみると「カバーが手に取りにくい。」という声があったんです。20-30代の男の人には手にとっていただけたようなんですが、「どう広げていくか?」が次の課題だったんですね。

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当日のスライド

このスライドの画像は、『天久鷹央』シリーズ4作目の『スフィアの死天使』という作品のカバーになります。最初は左側のカバーでしたが、工夫したのが右側なんです。以後のシリーズは連作短編形式のときは鷹央が大きい、長編の時は小さい、というフォーマットに統一して出してます。

ちなみに、キャラクターの大きさ以外に2つ違うところがあるんですよ。

来場者:えーと、タイトルですかね......?

高橋:その通り。タイトル『スフィアの死天使』ですが、最初に出した方は小さく、後から出した方は大きい。で、もう1つあります。

来場者:余白ですかね?

高橋:余白も大事なんですけど、もう少し分かりやすくあるんです。

来場者:作者の名前......?

高橋:そうそう!知念さんの名前の大きさが全然違うんです。

『天久鷹央の推理カルテ』が知念さんにとって最初の文庫だったということもあって、まずキャラクターを魅力的にみせて、読者を獲得しようとしたんです。次に、さらに売り伸ばすために、知念さんご自身を作家としてブランディングしていこうと考えました。この頃になると、他社さんの知念作品もとても売れていましたし。作家名を大きくすることで、知念さんをより強く認知してもらって読者を広げていこう、としたわけです。

結果的にはうまくいって、知念さんの『天久鷹央』シリーズは9冊出ているんですが、初版も伸び続けていて。最初の一ヶ月で必ず重版しています。初速の売り上げを常に更新し続けているんですね。


ただし、ミリオンにはもう一歩必要で、次にやったことがありました。

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当日のスライド

こちらのスライドにあるように、知念実希人フェアを去年やったんですね。『Dr.知念からの挑戦状』という形にすることで、知念さんをフックにして当時抱えていた読者よりも上の世代である、40代にも届けて読者の幅を最大限広げていこうという試みでした。

ミステリーであることや医療を取り扱った作品であることを全面に押し出して「これは本格ミステリーなんですよ!」と広げていくために、特別な期間だけこのカバーを巻いて書店に置いたんです。

この取り組みは、すごく上手くいって読者の幅が一気に広がりました。フェアと新作を経て、天久鷹央はミリオンセラーとなりました。

なので、ミリオンに到達したフックというのは三段階あって、まずは、小説の届け方を見つめ直しました。次に、キャッチーで若い人たちに手に取りやすいようにする、そして作家をブランディングして、幅広い世代まで作家の名前を広めていくということを意識しました。ただ、最大の要因は4年間で9冊という、知念さんの執筆ペースだと思います。このようなプロセスで天久鷹央はミリオンになりました。

売り場での存在感を演出、宮部みゆき『ソロモンの偽証』の場合

高橋:次は、宮部さんの『ソロモンの偽証』についてお話しします。『ソロモンの偽証』は宮部さんの作品の中でも最長の長編で、単行本も大きな話題になりました。連載を単行本にする際は、原稿用紙約1000枚分をカットして500枚を加筆されていましたし、文庫本にする時も150枚の中編が新規に収録されています。

宮部さんは、僕が担当させていただくことになった時点で、既に押しも押されぬ国民作家でした。なので本を出した時点で売れることが約束されていたんですね。作家としての人気が確立されたなかで「この作品は宮部さんの作品の中でナンバーワン」という部分をどうやって伝えていくのか、というのが『ソロモンの偽証』を担当したときの僕の命題でした。

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当日のスライド

高橋:『ソロモンの偽証』のイラストは藤田新策さんに担当していただいています。3ヶ月連続で刊行することが決まって「売り場の中でどうしたら存在感を出せるのか?」を考えた時に、パノラマ的な仕掛けを作ろうと藤田さんから提案がありました。
『ソロモンの偽証』の物語は、ある冬の夜に男の子が転落死してしまうところから始まります。自殺か他殺かわからない状態です。それを巡って、学校の中で様々な問題が起きた結果、最後に子どもたちだけで裁判をやって解決しようというストーリーなんです。

スライドに載せている1段目のカバーは男の子が飛び降りる3階の教室からの風景です。2段目のカバーはそれに対して学生たちが議論している風景で、3段目は裁判している1階の体育館に座ってる風景なんです。このカバーの中の風景は架空の街なんですが、基本的には同じ場所を眺めているんです。

つまり、書店の中でこの6冊が並んだ時に「迫力あるパノラマが現れるようにしよう!」というのが、僕と藤田新策さんの打ち合わせの時に話した構想だったんですよね。それに沿って、6冊を出してくことで、店頭を席巻しようということを試みました


宮部さんの作品は『火車』が文庫で250万部以上の部数なんですが、『ソロモンの偽証』は(6冊で)300万部を超えたという意味で、1作品の売上としては1番の作品になりました。


■登壇者プロフィール

三木一馬(小説編集者・ストレートエッジ代表)
1977年生まれ。2000年、メディアワークス(現KADOKAWA)に入社。翌年、電撃文庫編集部に配属される。同編集部編集長を経て2016年、独立。作家のエージェントを担う株式会社ストレートエッジを立ち上げる。
担当作:川原礫『ソードアート・オンライン』、鎌池和馬『とある魔術の禁書目録』 など
Twitter:@km_straightedge


高橋裕介(小説編集者・新潮文庫nex編集長)
1985年生まれ。2008年、新潮社に入社。週刊新潮編集部を経て、2012年に新潮文庫編集部へ異動。2014年、「新潮文庫nex」を立ち上げる。2016年3月より新潮文庫nex編集長(文庫編集部兼務)。
担当作:伊坂幸太郎『ジャイロスコープ』、知念実希人『天久鷹央の推理カルテ』 など
Twitter:@TkhShy

森啓(事業プロデューサー・LINE執行役員)
1975年生まれ。2005年ライブドア入社。ポータルサイト、CGMコンテンツなど様々な事業に携わる。同社のNHN JAPANへの経営統合後、LINEのスタンプ、マンガなどコンテンツサービスを担当後、現職。チケット・ノベルのエンターテイメント事業を担当。